LiFECODE

ブログ「ライフコード」について

このブログの名前は「LiFECODE」と言います。このタイトルは、将来、僕が撮ってみたい映画のタイトルでもあります。ライフは生命でもあり、人生という意味もあります。そしてコードは、音楽のコードと、プログラミングのコード。生命や人と人との人生がコードを奏でて、それが何かひとつの流れとなって、僕らの目の前に立ち上がってくる・・・。僕はそんな<ヒトとコトの物語>を、映像や文章で紡いでいきたいと思っているのです。そういう映画をつくることが、僕のひとつの夢なんです。

その映画作りの前にこのブログでは、ヒト、モノ、コトづくりの3つを中心に、人が生きることの本質を探してみたいと思っています。それを表現してみたい。そして311以降、僕らは大きな転換期を迎えています。何が正しくて、何を信じたら良いのか分からない今。でも、すべては結局、人と人ですよね?僕はこのブログを通じて、LiFECODEの断片を見つけて、ひとつひとつを繋げて、ひとつの物語に変えていきたいと思っています。 ── 平野友康

いままでのLiFECODE

音楽の世界は、まだまだ新しい可能性で満ち溢れている。

僕の実家は、地方のレコード屋さんだった。
町の商店街にある、大きなレコード屋。
小さな頃から、沢山のLPやシングルレコードに囲まれて、店の中を走り回って育った。
店の名前は、名曲堂。素敵な名前だと思わない?
だからだと思うんだけど、音楽の業界や、音楽の未来に対しては、自分はその世界の人間ではないけれど、何か親しみと思い入れのようなものを感じている。

今日は、そんな僕の音楽のお仕事の世界への思い出話をしようと思う。

あれは僕が3歳とか、4歳の頃のこと。

僕の実家は、町の商店街では「老舗」のレコード屋だから、町の市民ホールでコンサートやリサイタルがあるときには、即売に出かけた。
コンサート会場のロビーで、カセットテープやレコード、ポスターなんかを売るわけだ。

そんなときは、亡き父が幼稚園生の僕をスバルのワゴン車に乗せて、一緒に即売会場に向かう。
父は会場に付くとすぐに楽屋に行き、レコードにサインをしてもらう。
そうしたサイン付レコードは飛ぶように売れる、売れる。

まだ幼稚園の僕も
「いらっちゃいませ!いらっちゃいませ!」
とロビーで声を張り上げたあの頃、楽しかった。

楽屋で走り回ったあの頃、音楽の周辺がキラキラと輝き、来場する前の静けさ、開場したあとの来場者の期待高まる興奮の空気、そして終わったあとの高揚したお客さんたちの表情。
・・・勢いがあって、誰もが楽しみにしていて、すべてが眩しかった。
音楽が持つ力を体いっぱいで感じて、小さな僕はいつもワクワクしていた。

その2年後、ガンで父が他界。
元々レコード屋は叔父が中心となって経営していたので、自然と母も別の仕事につき、レコード屋は毎日通う場所ではなく、たまに行く親戚の家に変わっていった。
そうして、当然僕の前から生の音楽の世界との接触がなくなった。

その後、中学生になって、坂本龍一を知る。
幼なじみのマセた同級生がいて、そいつが好きだったから。
教授の音楽などまだ分かるはずもないのに、僕とそいつでレコードを聴きまくり、弾けもしないピアノを自己流で真似して、教授のインタビュー記事やラジオを集めまくった。

父を亡くしてから、周囲に憧れの男性がいなかったのだ。
そんな中、教授のラジオやインタビューで語られていることは、半分も理解できないけれど「こういう大人になりたい」という強い憧れであり、いつか一緒にいろんなことを話してみたい、唯一の大人だった。やがてそれは「大人になったら一緒に仕事をしたい人生の目標」へと変わる。

そして大人になった今、偶然にも(そして幸運にも)、教授の北米ツアーのロビーや、UTAUツアーに関係者として参加することができた。

そこには当時と変わらぬ空気が流れていた。
開場前の静けさ。ドアを開けた時のざわめき。終わったあとの高揚。
すべてが、あの頃のままだった。

僕は懐かしく安らぎを覚えると同時に、音楽が持つ力は時代で変化などしないということを知った。あるのは最初に触れ合うきっかけと仕組みが時代によって多いのか少ないのかだけなのだと。

人は常に音楽に何か言葉にならないものを求めていて、自分と寄り添う音楽を探している。
人は記憶を呼び覚ますときに音や匂いや風景がトリガーになる。
豊かな人生、豊かな日々は、素敵な体験をどれだけできるかだ。
そのひとつのきっかけを自分も作り出したい。
USTREAMの中継をやるということは、僕にとってそういうことだった。

小さい頃、僕をワクワクさせてくれた音楽。ライブ感。
それを、大人になった僕が手伝えるというのは、なんていうか・・・「音楽業界へのお礼をしたいなぁ」という感覚だった。

今、僕の元実家だったレコード屋は潰れてしまった。
でも看板はそのままに廃墟になっている。倒産してしまい、祖父も祖母も、叔父も叔母も、従兄弟も亡くなってしまった。建物は別の人のものになり、今ではあの中にあるものを取ることもできない。思い出深いあのレコードたちは、あの地下室にあった古い蓄音機は、どうなってしまったんだろう?
地元に帰る度、外からそっと眺める元名曲堂は寂しく、切ない。

今の時代、レコード屋という音楽と触れ合うきっかけは激減したけど、かわりにUSTREAMや新しいネット上のメディアがその役割を担えば良いと思う。

そこには新しい可能性が満ち溢れていて、まだ手つかずの雪原だ。

当時のレコード屋の奥には、父が始めた小さな喫茶スペースがあり、そこでは常連さんがコーヒーを飲みながら音楽鑑賞をしていた。そういうアイディアを出したのも、父だ。
父はビジネスだけを考えるのではなく、そういう「音楽をみんなで楽しむ」という空間づくりも好きだったようだ。

だから今後のパブリックヴューイングはそんな感じが素敵だと僕は思ってるし、新しい交流の場になるかも知れない。

実演・体験・共有の時代。すべてはこれからだ。
僕は、あの頃の思い出を抱きながら、新しい音楽の世界の、お手伝いをしたい。

Feedback

  • hironux

    いい話です。以前、SNSに自分の音楽人生を描いたことがあり、そのことを思い出しました。音楽はいい。敷居が低く魂に直接アクセスするから。平野さんの活動には、いつも注目しています。

  • genkikoubou

    中学2年の時、
    夢中で買いに行った商店街のレコード屋さんを思い出しました!
    意味もなく入り浸って、おばちゃんと話した時間が
    今はとてもいとおしく感じます。
    そのレコードは「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」ですら~

  • http://twitter.com/dndorian ドリアン

    いやー、良い記事ですね。平野さんのバックボーンを良く知れると同時に、なんとも言えないノスタルジックな気持ちになりました。きっと、父上とおじさんの経営されていたレコード屋さんは、やさしい愛に満ちた素敵なお店だったんでしょうね。平野さん原点が知れてよかったです。

  • http://twitter.com/okkun_pw OKKUN

    そうだよね。昔はどんな田舎にもレコード屋がありましたよね。
    触れた事のない音楽がそこにはあって、素敵な場所でしたよね~貯めた小遣いを持ち、チャリンコで通った懐かしい想い出が蘇りました。
    そして大切に扱ってるにも関わらず、せっかくのレコードにキズが入ったりするんですよね。
    あの頃聴いていた音楽は今も好きで忘れる事は無いでしょう。

  • http://twitter.com/yabitu 私生活シングルプレーヤー

    イイハナシダナ〜
    なるほど!それで客入れ前から撤収Ustとなる訳か!
    原体験からのアイデアだったのか〜^^

  • http://twitter.com/aquariumGhana ghana

    最近はいい曲だなと想っても長く聴く事が無い。その曲にまつわる体験や空気感が無いからだと想う。物事に感動しなくなったからではなく、たくさん溢れ身近にある音楽とスタイルがちがうのに気がついた。ぼくは毎日レコード屋さんに足を運んでは曲を聴いてジャケットに触れて空気を感じていた。ひとつの曲を手にするまでのエナジーが現在とは比べ物にならない。今は今で音楽の楽しさはかわらない。でも音楽の中に感じる「懐かしさ」は自分の中にある「あの頃」だ。ボクは今「あの頃」という体験が作られて行くその時を見ている気がする。そういう体験を作る人には賞をあげたい。ね。

  • http://twitter.com/4513hiro hirohisa shimizu

    どんなレコードを揃えているかが、店主の主張みたいな所があって、、、当時3000円近くしたLPを買うのは本当に、決断のいる事でした。

  • http://www.facebook.com/people/Inomura-Yoshihiko/100002421253552 Inomura Yoshihiko

    平野サンのバックボーンからの関わりがよくわかりました。一時期私も中古レコード屋を目指そうかという時期もあったので、なおさら共感しています。

  • anyani

    もともと音楽に縁のある方かと思っていたのですが、離れていた時期もあったのですね
    憧れの男性がいなかったとありますが、しっかり父親の背中を覚えてある感じがしました・・・
    第三舞台を思い出して”ステージ”に縁があるのかな?と思いました。

    「人は記憶を呼び覚ますときに音や匂いや風景がトリガーになる」
    ほんとですね。去年高校時代の日記を発掘して、聴いていた音楽も思い出して、記憶が鮮やかによみがえりました。
    文章にしておくことも大事ですね・・・音楽も聴かなくちゃなあ。。
     
     

  • http://twitter.com/kamata_ms お風呂で寝る

    Fishmasのパブリックビューイングはステキでした。私は実際会場へ足を運びましたが当日までのワクワク感やみんなでお祭り感がよかったな~

  • http://www.facebook.com/people/河津充男/100001363314958 河津充男

    嫁の父親がジャズピアニストで、ジャズの店のオーナーをしています。
    まさに、会場前の静けさや、始まってからのわくわく感、終わってからの高揚感。生ならではの感動。良いですね〜。

  • 平野 孝之

    skmts直後にツィートされていたお話ですね。

    ジャンルや傾向、視聴方法や共有感などの流行り廃れはあれど、
    音楽の可能性は数値化出来ないものがあるよな気がします。

    今までの感動には感謝を。これからの感動には期待を致します。

  • popjun

    現有のBind4からBind5へのアップグレードはないのでしょうか?

  • ryouichi

    名曲堂のバナナジュース、懐かしいな~ 友康くん頑張ってね。

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Profile: 宮澤 聖二のプロフィール

デジタルステージ取締役会長。メディアクリエイター。身近なところにある自分たちの“未来”をデザインするソフトウェアやソーシャルメディアの未来を創る企画をプロデュースしている。制作したソフトウェアはグッドデザイン賞金賞をはじめ文化庁メディア芸術祭優秀賞など受賞歴多数。2010年からネット中継「USTREAM」を使った独自のスタイルで新時代のソーシャルメディア論を積極的に提唱している。自ら手がける番組においてこれまでに延べ90万人の視聴者が参加。

宮澤 聖二のプロフィール

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